音楽制作現場におけるコンピュータ事情、そして「Mac Mini」

今日、「コンピュータ」や「パソコン」と言えば一般的には「Windows」マシンを連想するであろう。実際、電器店秋葉原などの専門店には一部の「Linux」マシンをを除けば、ほとんどの店舗では「Windows」マシンしか置いていない。


しかし、音楽制作の現場では今なお「Macintosh」が主流なのだ*1。「Pro Tools」という、レコーディングからミックスダウンまでをシームレスに行うことのできる「Mac OS」専用のシステムおよびアプリケーションがあり、現在では世界中のレコーディング・スタジオで導入されている。もちろん日本の制作現場においてもそれは例外ではない。


Macintosh」の難点の一つはマシンそのものの価格が高いことだ。


音楽制作に使用できるスペックを満たすマシンであればオプションも含めると優に400,000円を越える。そして仮に「Mac」を購入したとしても、肝心の「Pro Tools」自体もこれまた非常に高額なのだ。


「Pro Tools」のシステムを構築した場合、別途プラグイン・アプリケーション*2も揃えると安くても3,000,000円弱、完全に満足のいくシステムになると10,000,000円を超える。とても僕のような貧乏クリエイターには手が届かない。ただ、「Pro Tools」シリーズには「Pro Tools LE」というアプリケーションもあり、専用のハードウェアを含めて60,000円や300,000円程度で購入できる。こちらは「Windows XP」にも対応しているのだが、あくまでも簡易なホームレコーディング向けのシステムであって、ほぼ完成形のプリプロ段階までを自宅で作業してしまう僕のようなクリエイター達にとっては実用的とは言い難い。


ただし、シンガーソングライターの中には「Pro Tools LE」を自宅で活用している人が非常に多い。僕が知るところではつじあやの椎名林檎鬼束ちひろなどが「Pro Tools LE」の簡易システムを使っている。彼女たちの場合は自宅での作業は楽曲のいわゆる「スケッチ」を描くだけの場合がほとんどで、その後のアレンジやミキシングはプロデューサーと相談しながらきちんとした設備のあるスタジオで行うから何ら支障はない。逆に小林武史小室哲哉などの大物プロデューサーは、フル仕様の「Pro Tools」システムを導入した、立派なプライベートスタジオを持っている。


という訳で、大物ではない僕はずっと自作の「Windows(DOS/V)」マシンを使用している。本当は音楽制作専用マシンを持つことが理想なのだが、「何でも来い!」のオールインワン仕様のマシン1台に、ミキサーや3台のシンセを繋いでいる。1台で済ませば場所もとらないし、例えば、作曲やアレンジの最中ににふと「コトバ」が浮かんだ場合、すぐに「Word」を起動して作詞に取り掛かれるし、気分転換にTVや映画をを観たり、画像をいじったり、はたまた仮のPV映像を作ってみたりすることもできるからだ。


そもそも「Windows」の最大の利点は、「Word」や「Excel」の最新バージョンをはじめゲームなどの様々なエンターテインメントアプリケーションやビジネスアプリケーションが使用でき、そして、以前は「Mac OS」向けにしか存在しなかったAdobe社の「Photoshop」や「Illustrator」、「Premiere」などに代表される、以前は「Windows」が不得手としていた各種クリエイティブ・アプリケーションも現在では使用できるところにある。マシン自体も自作すれば最新スペックでも200,000円ほどで「Mac」と同性能かそれ以上のシロモノが組めてしまうし、後々メモリやCPUなどパーツ単位での換装が可能である。また「Windows XP」自体が以前の「Windows」に比べ「より直感的なユーザーインターフェイス」を採用し、そして何よりも、音楽やCGなどの制作上最も重要な「OSそのものの安定性」が格段に向上したことで、そういったさまざまなクリエイターにとって、コスト面も含め、大変扱いやすい「ツール」になったのもまた、「Windows」の大きな利点の一つだと思う。


別途、音楽制作に必要な初期投資に目を転じても、オーディオ・インターフェイスやコントローラーなどのハードウェアと「Cubase SX」というホストアプリケーションを併せてもせいぜい300,000円台だ。「Cubase SX」の上位アプリケーションにあたる「Nuendo 2」を導入したとしても60,000円程度しか変わらないし、「プラグイン・アプリケーション」も「Pro Tools」専用の製品と比較するとだいたい半額近い価格で購入できるからかなり欲張ってもシステム・トータルで1,000,000円前後で収まる。


ただ、前述のようにほとんどの制作現場が「Pro Tools」環境であるがため、「Pro Tools」とファイル互換性のない「Cubase」で制作してしまうとデータ形式で納品ができないという大変由々しき問題がある。だから、各トラックにエフェクトをかけた音源とエフェクトをかけていないプレーンな音源をトラックの数だけ(僕の場合で大体1曲40トラックほど)CD-R数枚に分けて納品することになってしまう。そしてそれらをすべてスタジオの「Pro Tools」システムに流し込み、「Cubase」でミックスダウンしたほぼ完成形であるプリプロ音源に近づけていきながら、少しずつ本チャンの作品に仕上げていくのだ。この作業にはかなりの手間と時間がかかるため、旧知の仲であるミキシングエンジニアの機嫌を損ねることもしばしばある。


さて、音楽制作の話はこのくらいにして、前述のように高額製品がメインストリームであった「Macintosh」だが、この度、「Mac mini」なる製品が1/29に発売される。価格はなんと58,590円*3。しかし、実際にApple Computer社のサイトの製品写真をご覧頂けばお分かりになると思うが、価格以上に驚かされたのはその大きさと重量である。16.5cm角の正方形で高さが5cm、重量はたったの1.3Kg。もちろん、「iMac」や「iPod」に象徴される、Apple Computer社製品独特の洗練されたデザインも継承している。


仕様面での最も特徴的な点として挙げられるのは、DVI出力端子が標準装備であるためDVI入力対応のデジタルテレビやチューナー、AVアンプに接続することが可能なところだろう。リビングの大きなTVでネットサーフィンをしたり、ブロードバンド配信の映画やライブを高画質で楽しんだりといった使い方ができる。しかもDVI入力がない普通のアナログTVに繋ぎたい場合でも、「DVI→S-Video」変換が可能な「S-Video/コンポジットビデオアダプタ」がオプションで用意されている。また、ソフトウェアDVDプレイヤー、スライドショーの表示や動画・音楽の再生、簡単な音楽制作などが可能な統合型マルチメディア・アプリケーション「iLife '05」、表計算ワープロ機能などを搭載した「Apple Works 6」など付属アプリケーションも充実している。


正直な話、元々、所謂「アンチMac」を自認している僕だが、外付けTVチューナーでも繋いでしまえば「コンピュータ兼HDビデオレコーダー」としても使用できるから*4PSX」やその他の「HDビデオレコーダー」単体を購入するよりもはるかに機能的かつ経済的だと思う。また、オプションで「AirMac Expressカード」を取り付ければ複数台のマシンと無線LANを構築することも可能なので、家庭や飲食店のような店舗で「マルチメディアセンター」として活用できるのも大きな魅力だ。


iPod」で火が付いた「Appleブーム」もそろそろ収束に向かっていた感があったが、「Mac mini」の登場で再び「Apple旋風」が吹き荒れるかもしれない。


尤も、コンセプト的に「Pro Tools LE」のシステムを組むことすらできないスペックなのだが。

*1:理由はいろいろ考えられるのだが、「Windows」がビジネス向けOSとして開発され、操作もいかにも「機械的」なのに対し、「Mac OS」は伝統的に「直感的なユーザーインターフェイス」というポリシーを貫いてきたことが大きな理由の一つではないか、というのが私見である。

*2:コンピュータ・ベースで音楽制作を行う場合、エフェクターの大部分をアプリケーションで賄うことが多く、また、中には様々なビンテージ・シンセサイザーやオルガン、ピアノ、ギター、管楽器などの楽器の仕組みをCPUに演算・シミュレート、リアルタイムに発音させる、言うなればそれ自体が「楽器そのもの」である「ソフトウェア・インストゥルメント」と呼ばれるアプリケーションも数多く存在する。こういった、本来はハードウェアであるはずの機材をアプリケーション形式にしたものの総称が「プラグイン・アプリケーション」である。

*3:最廉価製品の本体のみ税込価格。CPUのクロック数やHDD・メモリの容量、ディスプレイやマウス、キーボードなどのオプションの有無によって当然価格は変わる。

*4:HDDの最大増設可能容量が80GBまでなのがウィークポイントだが、外付けHDDを繋ぐことで解決できると思う。